東大で美学芸術学を学ぶ文系院生が、ベンチャー企業と出会って進化した

くすぶっている大学院生が変わるために

皆さん、はじめまして。そして、明けましておめでとうございます。 村重陵と申します。 これまで、このブログページには、弊社代表の川合しか書いていなかったので、「誰だお前」とお思いの方ばかりだと思います。なので、この記事では、簡単に自己紹介をさせていただきます。 僕は、昨年の3月頃に初めてクロスリバと出会い、そこからしばらくはゆるやかな付き合いが続いていましたが、気づいたら、秋頃から本格的に中心メンバーとして、クロスリバに関わるようになっていました。 以下では、そんな僕のこれまでと、クロスリバとの出会いについて書きます。

美学芸術学との出会い

それまでの僕は、ただのしがない文系大学院生でした。専攻は、学部三年のころから変わらず〈美学芸術学〉というものです。そのなかでも特に、文学理論の研究をしています。 もともと芸術に造詣が深いわけではなく、せいぜい、中高時代にメタルバンドを組んだり(ベース担当)、エンタメ系の小説を数えられる程度に読んだりくらいでしか、(広義での)アートには触れていませんでした。 受験勉強以外することがなくなる高3になってから、現実逃避的に、文学青年が読みそうな文学(太宰とかドストエフスキーとかヘッセとか)を読むようになり、映画とか音楽とか漫画とか、サブカル方面にも手を出すようになりました。 でも、いわゆる高級芸術やコンテンポラリー・アートなんかは、ぜんぜん向き合い方がわからなくて、東京大学文科III類に進学してからは、そういうのに精通している人がわんさかいる環境に戸惑い、引け目を感じつつ、なんとか背伸びしようとしていました。 そして、二年生の進学振り分けの時期、進学先に悩みながら文学部のことを調べているときに見つけたのが、〈美学芸術学〉という文字列でした。いわゆる〈芸術〉って言えそうなものだと文学作品くらいしか触れていなかった僕は、〈現代文芸論〉なんかとも悩みましたが、よくわからない〈芸術〉というもの全般について学べそうな〈美学芸術学〉を選びました。 つまり、芸術に親しんでいたから〈美学芸術学〉を選んだのではなく、むしろ逆に、「芸術ってよく分かんない……」というコンプレックスを抱いていたからこそ〈美学芸術学〉を選んだのです。 それで、いざ勉強を始めてみたらおもしろかったので、調子に乗って修士に進むことを考え始めてしまったわけです(どんな学問分野でも、学びたての時期、新書をかじっている時期が一番気楽に楽しめて、そこから先は険しい道のりだということも知らずに……)。 ちなみに、〈美学〉という言葉を、〈男の美学〉みたいな言い回しでしか聞いたことがない方も多いと思いますが、学問としての美学は、〈確固たる生きざま〉のような意味ではなく、〈美・芸術・感性をめぐる(哲学的)考察を行なうもの〉です。 と、一言で説明しても、何も言ってないに等しいので、「美学とはなんぞや?」的な話もおいおい書いていこうと思います。ひとまずは、おすすめの本をいくつか紹介しておきます。 学問としての〈美学〉という単語を初めて聞いた方は、『美学への招待』を手に取るのがおすすめです。(ちなみに、〈美学入門〉という語がタイトルに含まれている本は、たいてい入門的な本ではない気がしますので、ご注意ください!) [amazonjs asin="4121017412" locale="JP" title="美学への招待 (中公新書)"] 入門者が手を出すにはややハードですが、古代から連綿と続く美や芸術についての思索の歴史に触れたい方には、こちらの『西洋美学史』がおすすめです。読み応えたっぷりです。 [amazonjs asin="4130120581" locale="JP" title="西洋美学史"] こちらは、僕の研究領域である〈文学理論〉の入門書です。この分野だと、テリー・イーグルトンの『文学とは何か』とかも定番ですが、こっちのほうがずっと読みやすく、また、各理論がどのように文学作品を読み解くかの具体例もついているので、おすすめです。 [amazonjs asin="4623070433" locale="JP" title="文学理論講義: 新しいスタンダード"] [amazonjs asin="4003720415" locale="JP" title="文学とは何か――現代批評理論への招待(上) (岩波文庫)"]

文系院生の憂鬱

卒論では、センチメンタリティ(感傷)について研究したいな、と目論んでいたのですが、途中で頓挫してしまい、紆余曲折を経て、最終的に西脇順三郎という詩人の詩論にたどり着いて、それで書きました。なんとか大学院に進んでからは、ペーター・ソンディという文学研究者によるパウル・ツェラン批評に感銘を受けて、ソンディについて研究するようになりました。 [amazonjs asin="4003113012" locale="JP" title="西脇順三郎詩集 (岩波文庫 緑130-1)"] [amazonjs asin="4560081956" locale="JP" title="パウル・ツェラン詩文集"] でも、正直なところ、「なんとしても研究者になってやる」という確固たる意志ではなく、〈研究者という存在に対するなんとなくの憧れ〉に引っ張られて進学してしまったため、進学後、大して成果も出なければ今後の展望も見えてこない自分の研究に対して、日に日にモチベーションを失っていきました。 しかも、「文系の修士号を取ったところで、博士課程に進むくらいにしか役に立たないんじゃないか」「博士課程はさらにイバラの道じゃないか」という(ずいぶん打算的な)考えがよぎってしまうと、ますます意気阻喪してしまいます。この悪循環を打破するには、〈大学院を辞める〉という荒療治しかないのではないか、とかなり本気で考えるようになりました。

美学芸術学がつなぐ出会い

そんなこんなで一年ほど経った時に、「大学院を辞めるかはさておき、研究室の外の世界を見てみよう」と思いたち、たまたま見つけたWantedlyに登録してみました。 とはいえ、Webエンジニアの求人やキラキラした感じのライターの求人ばかり目についてしまい、プログラミングや流行をキャッチした記事の書き方を知らない自分には、縁がないように思え、なかなかピンと来るものが見つかりませんでした。 半ばあきらめつつもWantedlyを眺めていると、急に目に飛び込んできたのは、〈脚本を分析したい文系学生〉の募集! 美学芸術学専攻ということで映画論はかじっており、かつ、(シネフィルには程遠いけれど)まあまあ映画を観る習慣のある僕に、打ってつけではないですか! ということで詳細情報を開いてみると、反天才主義美学的な発想や構造主義物語論の考えが書かれているではないですか! 「こんな話をするビジネスマンがいるのか」と、いや、そういう話を趣味でするビジネスマンはいるだろうけれど、「自分の事業としてこんな話をする人間がいるのか」と、とにかく驚きました。 ということで、さっそく話を聞きに言ったわけです。これが、クロスリバと文系院生との出会いです。 美学を学ぶまでは、〈芸術=天才性・独創性・個性〉というひどく貧しい芸術観しか持っていなかった自分としては、美学芸術学を専攻するのとは別の方向から、そのような芸術観から脱している人と出会えたことは、とても新鮮でした。 要するに、僕がクロスリバと出会い、12月2日のficta.onlineのリリースに立ち会うきっかけとなったのは、美学芸術学と構造主義だったわけです。 結果的に(またまた打算的ですが)美学芸術学は思わぬところで〈役に立った〉のです。そのおかげで、一人で腐っていた文系院生が、人と一緒にサービスを作り上げ、世に放つことになったのです。今の僕は、一年前にはまったく想像もできなかったようなところに来ることができました。 もちろん、そういう次元以外でも、「美学芸術学を学んで良かった」と思えたことはたくさんあるので、そんな話も、今後書いていきたいと思います。いや、そもそも、〈皆さんにクロスリバを理解していただくこと〉≒〈美学芸術学を知っていただくこと〉だと思うので、積極的に書いていきます。 今後ともよろしくお願いいたします。


さきほど、「〈美学入門〉という語がタイトルに含まれている本は、たいてい入門的な本ではない気がする」と書きましたが、この『分析美学入門』は、その例外のひとつです。もちろん、決して簡単ではないですし、分厚くて値段も入門的ではないですが、「美しくもなんともない落書きみたいな絵に、法外な値段がついたりするのはなんでだろう?」とか「なんでこっちの映画は芸術扱いされるのに、この映画は芸術扱いされないの?」といった具体的な問いを考えるためのとっかかりには、分析美学がおすすめです。 [amazonjs asin="4326800534" locale="JP" title="分析美学入門"] あとは、構造主義といったらやっぱりレヴィ=ストロース、ということで、最近読んだ入門的な本を一冊。 [amazonjs asin="4309624464" locale="JP" title="【現代思想の現在】レヴィ=ストロース まなざしの構造主義 (河出ブックス)"]