ワンセンテンス/ワンメッセージは正しいのか

本日もまた別の方に会って来たのですが、ワンメッセージで伝える事について考える事がありました。

ワンメッセージで伝える事というのはここ数年非常に当たり前になりましたが、それが全てを表現している訳ではありません。しかし、大衆は分かりやすいメッセージを求めています。

なので、ワンメッセージで伝える事はとても大切なのですが、ここにモヤモヤした感覚が私にはあり、それで本当に伝えて良いのだろうかという悩みが最近というかここ数ヶ月あります。

まぁ、流れとしてはワンメッセージ → 興味を持ったら話すが良いとは思うのですが、ワンメッセージで伝えられない事も沢山あると思います。しかし、ワンメッセージで伝えられないのは駄目だという人も沢山います。

それはそれで一つの方式であると思うのですが、昨日の家入 vs 細川ツイキャスなんて、本当にマスメディアだけ見ていたら真意が全く伝わってこない事が良く割ります。細川元首相の真意は脱原発ということではなくエネルギー改革のありようだったりしますし、福島原発の問題もそうですが、南海トラフが来た時に東海原発がやられたら首都が終わるその前になんとかせねばという意味だったりする訳です。ところが、話をすり替えられて東電だけに絞っていたりするから話がおかしくなっている。

ワンセンテンス/ワンメッセージというのはプレゼンテーションでやるやり方だったり、エレベータピッチの為の直感的な言葉だったりするテクニックだと私は思っていて、その本質はもっと深い所にあると考えています。

だからといって聞いてもらえない事に嘆くのではなく、どうすれば正しいく伝えられるのかを、自分の意見を聞いて実行出来る場はどこなのかをちゃんと考えて話をするのが妥当だと思いました。

いろんな所で色々考えて、違う表現するのも誤解を招く訳で、まずは聞いてくれる人に向かって話をしていくほか無いのではないか、また言葉で伝わらなければ形にしていくしか無いのではないか、そう考えています。

そうしなければ、単純に辛いだけですし、相手の時間も無駄に割いている訳でして、もっと考えないと駄目なんだと思います。

これは自分に言い聞かせている事でしかないのですが、いろんな人がいるので、その時に応じて適切に対応出来る様に常にスタンバる以外に方法は無いと思います。これこそが経験であり、成長する意味では無いでしょうか。

沢山やれば打たれ強くなります。キリストや法然さんがやったように自分のやりたい事、伝えたい事を一人一人にじっくりと伝える以外無いと思います。

そもそも初物は誰だってハレーションを起こします。簡単に受け入れてもらえるもの程、廃れるのも速いし、やり続けるだけの体力が要ります。結局プレゼンして調達したサービスが世の中を席巻したものってどれだけあるのでしょうか。500startupやYcomも結局物が無いと評価しない訳ですし、ガタガタ言っても始まらないので、やれる所までやりきる事が先決ですよね、という感じです。

ということで、ちょっとづつ打たれず良くなっていると思う川合でした。